下積みは「雑用」ではなく「教材」だった
先に、何が起きているのかから話させてください。
私がディレクターだった頃、新人に最初に渡す仕事は決まっていました。会議の議事録。競合サイトのリサーチ。ワイヤーフレームのラフ起こし。原稿の流し込みとチェック。どれも単体では地味な作業です。当時は「下積み」と呼んでいましたし、新人も「雑用ですよね」と苦笑いしながらやっていました。
でも、振り返るとあれは雑用ではなかったんです。議事録を取るには、会議で誰が何を決めて、何が宙に浮いたままなのかを聞き分ける必要があります。リサーチをすれば、先輩が提案書のどこにその情報を使うのかを観察できます。原稿を流し込めば、サイトの構造が嫌でも頭に入ります。下積みの正体は、仕事の構造を体で覚えるための教材でした。教える側は何も設計していないのに、作業を通じて勝手に学習が起きていたんです。あれはかなり優秀な仕組みだったと、なくなってから気づきました。
そして今、その教材をAIが先に終わらせてしまいます。議事録はAIが会議と同時に書き上げます。リサーチはDeep Research系のツールが30分で人間の1日分を出してきます。ラフはテキストを放り込めば画像が出ます。新人に渡そうとしていた仕事が、新人の手に届く前に消えている。「AIで済む仕事しか、渡せるものがない」という相談を、ユーザー企業の経営者から受けたことが実際にあります。
現場で起きているのは「楽になった」ではなく「混乱」です
「下積みをAIがやってくれるなら、新人は最初から上流の仕事ができて、育成も早まるのでは」と思いたくなります。私も最初はそう期待しました。データは逆を示しています。
新人エンジニアの育成現場を対象にした調査では、新人が生成AIを使うようになって、指導やレビューにかかるOJT負担が「増加した」と答えた担当者が約8割に上りました。「変わらない」を含めると9割以上で、負担が減ったという現場はほぼ存在しません。AIが新人の仕事を肩代わりしているのに、教える側は前より忙しくなっています。奇妙に聞こえますが、現場の感覚としては腑に落ちます。
新人がAIで作ったものは、体裁が整っているんです。誤字もないし、構成もそれらしい。ところが中身を聞くと答えられない。「なぜこの構成にしたの?」と聞いたときに返ってくる「AIがそう出してきたので」という言葉は、この問題を扱った記事でも典型例として挙げられていますが、私も実際に聞いたことがあります。悪気はまったくないんです。本人なりに真面目に仕事をした結果がそれで、だからこそ根が深いんです。レビューする側は、体裁の整った成果物の中から「本人が考えていない部分」を探し出すという、以前より高度な作業を強いられます。手書きの汚いメモを直すほうが、よほど楽でした。
一方で、若手の側もAIをただサボりに使っているわけではありません。527名を対象にした調査では、若手の82.5%が、上司に提出する前に何らかの形でAIにチェックさせていました。敬語や要点の整理をAIで済ませてから出すのがマナー、という感覚だそうです。つまり今の新人は、上司に見せる前にAIという「最初の上司」を通しているわけです。私たちが新人の生の思考に触れる機会は、本人が意識しないままフィルタリングされています。
つまりこういうことです。教材だった下積みが消えたのに、成果物だけは綺麗になった。中の思考は見えなくなって、教える側の負担だけが増えています。これが2026年の育成現場で起きていることです。
「だったら新人にはAI禁止」が悪手である理由
ここで一定数の会社が選ぶのが、「基礎ができるまで新人にはAIを使わせない」という方針です。気持ちはわかります。自分の頭で考える習慣がつく前にAIに頼ったら、考えない大人ができあがる、という理屈は一見筋が通っています。
でも私は、この選択は二重に損だと思っています。
ひとつは、冒頭に書いたとおり、採用市場で確実に不利になるからです。AI禁止の会社に半数以上の学生がネガティブな印象を持つ時代に、5〜50名規模の会社が大手と人材を取り合うなら、AI環境はむしろ数少ない勝ち筋です。設備投資ゼロで「うちは自由に使っていい、使い方も教える」と言えるのは、小さい会社の機動力の見せどころです。
もうひとつのほうが本質的で、禁止しても新人は使うからです。会社のPCで禁止すれば、自分のスマホで使います。見えないところで使われるくらいなら、見えるところで使わせて、使い方を仕事の文脈で教えるほうがずっといいはずです。「AIを使うな」は、かつての「Wikipediaを見るな」と同じで、道具を遠ざけることと考える力を育てることを混同しています。問題はAIを使うことではなく、AIの出力を検証せずに通すことです。禁止すべきは道具ではなく、無検証の提出のほうです。
下積みの代わりに何を渡すか。答えは「判断の見える化」です
では、消えた教材の代わりに何を渡せばいいのか。
雑用を人工的に復活させる、という案は筋が悪いと思います。AIで3分で終わる議事録を、修行のために手で書かせる。本人も意味を感じませんし、先ほどの調査のとおり彼らは禁止の意図ごと見抜きます。下積みが優秀な教材だった理由は、作業がしんどいことではなく、作業を通じて先輩の判断が見えたことにあります。だったら、作業を経由せずに判断を見せればいい——これが私の結論です。
考えてみると、私たちの仕事で本当に価値があるのは、成果物そのものより判断の連続です。なぜこの構成案を捨てて、あちらを採ったのか。なぜこのクライアントには電話で、あのクライアントにはテキストで伝えるのか。なぜこの修正依頼は受けて、あの追加要望は見積もりを切り直すのか。ベテランはこれを無意識にやっていて、無意識だから言語化されず、言語化されないから新人に届きません。昔は下積みという長い時間がこの観察を担保していましたが、その時間はもうありません。だったら、判断を意図的に見える場所に置くしかないんです。
具体的に、私が自社とユーザー企業で見て「これは機能している」と感じた仕事の渡し方をいくつか書きます。
仕事を作業単位ではなく意図単位で渡す。「議事録をまとめて」ではなく「この会議、クライアントの本音がどこにあるか探りながら聞いて、決まったことと先送りになったことを分けて出して」と渡します。作業はAIがやっても、意図の達成は本人にしか判定できません。渡し方を変えるだけで、同じ会議が教材に戻ります。
**AIの出力を新人に直させる。**これは順序の逆転です。新人がAIで作って先輩が直す、ではなく、AIが作ったものを新人がレビューして、そのレビューを先輩が見る。AIの出した構成案のどこが今回の案件に合わないかを説明させると、考えているかどうかが一発でわかります。検証する側に回した瞬間、AIは答えの自動販売機から「突っ込む対象」に変わります。
**先輩の判断をログで残す。**口頭やDMで済ませていた判断を、案件に紐づく場所に書くようにします。「この修正は受けない。理由は当初の要件定義の3項に含まれないから。ただし関係維持のため代替案を出す」。この3行が残っているかどうかで、新人が後から案件を読んだときの学習量がまるで違います。
**失敗の言語化を仕組みにする。**うまくいった案件より、燃えかけた案件のほうが教材としては上等です。ただし「次は気をつけます」で終わる振り返りには何の栄養もありません。どの時点の、どの判断が分岐点だったかまで言語化して残します。これは新人のためだけでなく、書いた本人のためにもなります。
進行管理ツールが、そのまま教材になるという話
ここからは手前味噌の話になるので、宣伝が苦手な方は読み飛ばしてもらって構いません。ただ、上に書いた「判断の見える化」は、根性で続けるものではなく、日々の仕事が流れる場所に組み込まないと続かない、というのが私の実感です。
LOGLIKEを作っていて、育成という観点で意外な使われ方をしているのを見ました。ある制作会社では、新人に最初の1週間、先輩の動いている案件を読ませているそうです。案件にタスクとコメントとデザイン校正のやりとりが全部紐づいて残っているので、「この修正依頼に先輩がどう返したか」「どの要望を断ったか」が時系列で追えます。進行管理のために残していたログが、そのまま新人の教科書になっていたんです。正直、設計時にそこまで考えていたわけではないのですが、案件を軸に情報を一箇所に束ねる設計が、結果的に「判断が見える場所」を作っていました。
AI機能も、育成の文脈で読み替えるとちょっと面白いです。LOGLIKEにはAIと会議・AI課題生成・AI予告通知という3つのAI機能があります。「AIと会議」はプロジェクトを分析して会議の議事録まで作る機能で、これを入れると新人を書記係から解放できます。議事録係だった新人は、会議で判断の現場を見る側に回れます。「AI課題生成」は普段の言葉で書いた文章から課題を立てる機能ですが、ある会社ではこれを逆向きに使っていて、AIが分解したタスクを新人に見せて「この分解、どこが甘いと思う?」と聞くそうです。先ほど書いた「AIの出力を直させる」を、日々の課題登録のついでにやっている形です。
振り返りや判断の言語化の置き場としては、ナレッジベースがあります。案件が終わったら、分岐点になった判断を書いて残す。Wikiツールを別に立てると更新が止まりがちですが、毎日開く進行管理ツールの中にあると、書く側も読む側も動線が短くて済みます。LOGLIKEが案件・課題・校正・請求をどう束ねているかの全体像はこちらにまとまっています。
念のため正直に書いておくと、LOGLIKEは研修プログラムでも教育ツールでもありません。育成のカリキュラムを作ってくれるわけでも、新人のスキルを測ってくれるわけでもありません。あくまで、日々の仕事のログが判断ごと残る場所がある、というだけです。ただ、下積みが消えた時代の育成は、研修室ではなく日々の案件の中でしか起きないと私は思っているので、その「中」が見える状態になっているかどうかは、想像以上に効きます。
育成の正体は、仕事が見えることです
AIが下積みを消した、と書いてきましたが、最後に少しだけ訂正します。AIが消したのは下積みの「作業」であって、下積みが果たしていた「機能」——先輩の判断に長時間さらされること——は、消えたのではなく、置き場を失っただけです。
だから打ち手は、研修を増やすことでも、AIを禁止することでも、雑用を復活させることでもありません。判断が見える場所を作り、仕事を意図で渡し、AIの出力を検証する側に新人を立たせること。どれも明日から、ツールがなくても始められます。そのうえで、日々の案件のログが判断ごと残る環境があれば、育成は特別なイベントではなく、仕事の副産物になります。
うちの会社には教えられる先輩の時間がない、という方こそ、まず仕事の見える化から試してみてください。新人に最初に渡す仕事が「この案件、読んでみて」になる——そういう環境を、まずひとつ作ってみてください。
