便利になったはずなのに、組織としては何も変わっていない
生成AIが現場に入ってから、一人ひとりの仕事は確実に速くなりました。議事録の要約、リサーチの下調べ、コピーのたたき台、コードの雛形——どれも以前より短い時間で出てきます。ここに異論はありません。
ところが、組織として見たときに何が変わったかというと、案外何も変わっていない会社が多いんです。Aさんは自前で見つけたプロンプトで議事録をさばき、BさんはBさんなりの工夫でリサーチを回し、Cさんは実はあまり使えていない。一人ひとりは速くなったのに、そのノウハウは個人の中に閉じたままで、隣の人には伝わっていない。速くなったのは個人であって、組織ではないんです。
これは新しい属人化です。以前は「あの案件のことはあの人しか分からない」という属人化に悩んでいた会社が、今度は「あの人のAIの使い方はあの人しか知らない」という属人化を抱え始めている。便利な道具が一つ増えたのに、組織のもろさはむしろ増えている、という妙な状態です。
「裏技」のまま放置すると、何が起きるか
各自の工夫に任せておくこと自体が悪いわけではありません。最初はそれでいい。問題は、放置したまま規模が大きくなったときに、見えないところでリスクが積み上がることです。
一番こわいのが、さっきの私の例のような情報の流出です。会社が公式に許可していないAIに、従業員が業務情報を勝手に入れる——これを「シャドーAI」と呼ぶようになりました。気味が悪いのは、悪意ではなく善意から起きることです。仕事を速くしたい一心で、つい手元のデータを貼ってしまう。ある調査では、業務情報をAIに入力する割合が一般社員で18.8%なのに対し、管理職層では37.5%と倍近くに跳ね上がる、という結果も出ています。判断する立場の人ほど、扱う情報は重いのに、かえって気軽に使ってしまう。ここが厄介なところです。制作や受託の現場は、預かっているのがクライアントの機密や支給データそのものなので、ここは他業種よりずっとシビアに考える必要があります。
二つ目は、出力を検証しないまま使ってしまうことです。AIの答えはもっともらしい顔で出てくるので、忙しいとそのまま提案書やレポートに貼りたくなる。でも、事実が混じった作り話だったり、トンマナが自社のものと違っていたりする。「AIがそう言っていたので」で通そうとする空気が一度できると、判断の責任が宙に浮きます。
三つ目が、最初に書いた新しい属人化です。うまくいったプロンプトも、AIに任せてはいけないと痛感したシーンも、個人の経験として消えていく。誰かが辞めれば、その人のAI活用ごと会社から消えます。
禁止でも放任でもない、第三の道
ここで多くの会社が両極端に振れます。リスクがこわいから「業務でのAI利用は禁止」とするか、現場の自由に任せて「各自うまくやって」と放任するか。
正直なところ、禁止は筋が悪いです。禁止しても現場は隠れて使うだけで、シャドーAIをむしろ地下に潜らせます。それに、AIを使えない会社だと若い人材から見限られる時代になりつつあります。かといって放任は、これまで書いてきたリスクをそのまま育てます。
私がたどり着いたのは、その間の道です。AIを使うこと自体は止めない。ただ、使い方を「個人の頭の中」ではなく「案件の中」に置く。誰が・どの案件で・何をAIにやらせ・その結果をどう扱ったかが、後から見えて、残る状態にする。禁止と放任の間にある第三の道は、「見えるところで使う」だと思っています。
組織の型にするための、五つの設計
では具体的に何をするか。立派な規程を一冊作る話ではありません。明日からできる順に書きます。
入れていい情報とダメな情報の線引きを、最初に一枚だけ決めること。細かい規程はいりません。「クライアントの未公開情報、個人情報、支給データは公開型のAIに入れない」——まずこの一行を全員が言えるようにするだけで、私が去年やらかしかけた事故の大半は防げます。線引きがないから、各自が善意で踏み越えてしまうんです。
出力には、必ず人が検証する工程を残すこと。AIの出したものを、そのまま納品物やクライアントへの提案に流さない。誰かが目を通して、事実とトンマナを確認してからでないと外に出さない、という一手間を工程に組み込みます。地味ですが、これが「AIがそう言っていた」を会社から消します。
うまくいったプロンプトを、個人のメモ帳ではなく共有の場所に残すこと。「この聞き方をすると議事録がきれいに出る」という発見は、Aさん個人の財産にしておくにはもったいない。みんなが見て使える場所に置けば、Cさんの「あまり使えていない」が解消されます。AIで速くなるのを個人戦から団体戦に変える、一番効く一手がこれです。
AIにやらせた作業を、案件のログに紐付けること。「この議事録はAIで起こして、ここは人が直した」が案件の記録として残っていれば、後から検証もできるし、新人の教材にもなります。どの案件で何にAIを使ったかが追えること自体が、シャドーAIの抑止になります。
そして、これらのルールを一枚に畳んで、全員がいつでも見られる場所に置くこと。どんなに良いルールも、探さないと出てこない場所にあれば形だけのものになります。
AI推進法と、中小企業の正直な現在地
ルールの話をすると「うちのような規模には大げさでは」と言われることがあります。気持ちは分かりますが、状況は思ったより進んでいます。
日本では2025年5月にAI関連の包括的な法律が成立し、同年9月に全面施行されました。2026年2月の更新では、自律的にタスクをこなすAIエージェントへの対応も論点に加わっています。国としてAIのガバナンスを求める段階に入った、ということです。一方で現場はというと、中小企業のAI導入率は2026年3月時点で2割ほどというのが実態で(中小企業基盤整備機構の調査)、別の調査では1割強という、もっと厳しい数字も報告されています。しかも導入の最大の壁は「何から始めればいいか分からない」。
この二つを並べると、見えてくるものがあります。求められる水準は上がっているのに、現場は入口で立ち止まっている。だとすれば、いきなり分厚いガイドラインを作る必要はないんです。さっきの五つの設計のうち、線引きの一行と、ルールを一枚に畳む、ここから始めるだけで、立ち止まっている状態からは抜け出せます。
ツールに内蔵されたAIと、野良AIの違い
ここで道具の話をします。一人ひとりが個別に契約して使う汎用のチャットAI——便利ですが、組織の視点で見ると弱点があります。それは、案件のコンテキストもログも、会社側に残らないことです。誰が何を入れたか、どんな答えが返って、それをどう使ったかは、基本的にその人のアカウントの中に閉じています。
一方で、プロジェクト管理ツールのように案件を扱う道具の中にAIが組み込まれている場合、話が変わります。AIが動く土台にすでに案件の情報があるので、議事録もタスク化も、その案件の文脈の上で行われる。そして結果が案件の記録として残ります。野良AIとの一番の違いは、コンテキストとログが残るかどうかです。これは便利さの話というより、後から検証できるか、ノウハウが組織に貯まるか、という話です。
誤解のないように書いておくと、汎用AIが悪いわけではありません。文章や画像をゼロから生成する力は、専用のAIサービスのほうがずっと上です。要は使い分けで、ゼロから作る作業は汎用AIに任せ、案件を回す・残す部分は案件を扱う道具の中に置く、という整理が現実的だと思っています。
LOGLIKEでAIを案件の中に置くなら
最後に自社の話をします。先に正直に書いておくと、LOGLIKEは文章や画像をゼロから生み出す汎用の生成AIツールそのものではありません。「ブログ記事を書かせたい」「画像を作らせたい」なら、その用途は専用のAIサービスのほうが向いています。そこは等距離に褒めても仕方がないので、はっきりさせておきます。
LOGLIKEのAIが効くのは、案件を回す部分です。案件の状況をAIと対話しながら分析するAIと会議や、要件の文章から課題のたたき台を起こすAI課題生成は、その案件の文脈の上で動くので、出てきた結果が宙に浮かず、案件・課題・コメントのログとして残ります。誰がどの案件でAIに何をやらせ、その結果をどう直したかが記録に残る——これが、シャドーAIの「見えない・残らない」と正反対の状態です。締切前の詰まりを拾うAI予告通知も、人間が全案件を見張る代わりに、危ない兆候を案件の側から上げてくれます。
そして、五つの設計で書いた「うまくいったプロンプトを共有の場所に残す」「ルールを一枚に畳んで全員が見られる場所に置く」は、ナレッジベースがそのまま受け皿になります。社内のAI利用ルールも、発見した良い聞き方も、案件と紐付けて残せる。AIを個人の裏技にしておかず、組織の型として置いておく場所、という使い方です。LOGLIKEがどんな機能でこれを支えているかは、サービス紹介ページにまとまっています。
まとめ:AIは個人を速くする。組織を速くするのは、使い方を揃える設計
去年、要件メモをAIに投げたディレクターを、私は叱りませんでした。叱るべきは彼ではなく、線引きを用意していなかった私のほうだからです。彼の工夫は正しかった。足りなかったのは、その工夫を安全に、しかも全員で共有できる形にする組織側の設計でした。
生成AIは、一人ひとりの仕事を確実に速くします。でも、その速さを組織の力に変えるには、使い方を揃えて、見えるところに置いて、残す仕組みがいる。禁止でも放任でもなく、案件の中で使う。難しい規程を作る前に、まずは「入れていい情報の一行」と「うまくいった使い方を残す場所」から始めてみてください。
